忘れたくないものメモ

アイドルのこと ラブレターないしは墓場

推しのしてくれたツイートがうれしかった

忘れがちだけど忘れちゃいけない事
私たちアイドルは夢を見てもらっていて、
その夢を貰って生きているという事
幸せでしかないよ、そんなの


わたしはアイドルオタクで、推させていただいているアイドルのかたがいるのですが、そのかたがしてくれたツイートがとてもうれしかったのでブログを書きました。
うれしかった気持ちや、救われる気持ち、おおげさでなく、これから生きていく・生きていけるためのお守りになったこれをできるかぎりわすれないようにするために感謝をよせて の気持ちです。


わたしにとってのアイドルは「夢」の象徴で、夢にもいろいろな種類があるんだけど、そのどれもを体現するような存在がわたしにとってのアイドルです。

わたしにとってのアイドルが「夢」の象徴になったのは子どものころではなく、だいぶ大人になってからで、憧れとか、なりたいとか、そういうかんじの子どもではけしてなくて、むしろ避けてばかにしてきたような子どもでした。
アイドルとか、アイドルみたいにきらきらしたもの、たとえば魔法のスティックとか、ひらひらしたスカート、そういうものにはふれることなく、まわりの女の子がいつの間にか好きになっていたジャニーズの男の子たちは、クラスカーストが高め(小学生くらいにはもうわかるようになってるの、こわくないですか?)の女の子たちが好きだったから、なんとなく近づかないようにしていたし、ダサ、みたいなかんじです。
(わたしみたいなタイプにはありがちだと思いますが、そのあとは無事まんがやアニメのオタクになっていきました。ウワ~!てなるようなはずかしい思い出はたくさんあるけど、後悔することはわたしあまりなくて、あのとき吸収したものたちで形成されているし、なによりたのしかった!)

そういう人生を歩んできたにもかかわらず、わたしは衝突事故のようにとつぜんアイドルを好きになりました。とつぜん、というにはまあちょっと乱暴すぎるかもしれない(堺雅人をすきになった日々や、ミュージカル・テニスの王子様にかよった日々を経ていたため)けど、あんなにふれることを拒んできたものに世界を変えられたので、わたしにとってはやっぱりとつぜんです。
大人になってから、アイドルによって世界に色がとりもどされて、きらきらした世界に許されてしまったから、無敵のヒーローや、魔法少女を信じる子どものような気持ちで、神さまに祈るような気持ちでアイドルを好きでいます。それは好きになってから数年たったいまもかわらず。


わたしたちはアイドルに自分だけの夢をみて、アイドルのつくる夢みたいなステージに恋をします。
大好きなアイドルの夢がいつからか自分の夢になっていって、好きな子が夢をかなえてほしい、しあわせであってほしい、っていつでも本気で願っています。

“同じ夢を見よう 夢の中で会おう”

これはわたしの大好きな歌詞*1なのですが、この詞にはじめて出会ったとき、こんなアイドルを体現するようなことばがあるか、って衝撃をうけました。
夢みたいなきらめきをもらってわたしたちは明日からもなんとか生きていけるし、わたしたちのみる夢は力づよく光っていて色あせないもの と本気で信じられる反面、はかない・たよりにならない・すぐに忘れてしまう、そういう夢のありかたもアイドルそのものだなあと思います。

アイドルオタクのみなさん、2018年はどうでしたか?わたしは地獄でした。本気で信じてうたがわなかった永遠がびりびりにやぶれて、夢はかならずおわりがくるものだと気づいてしまった、目がくらんでしまって見えなかったアイドルオタクの業に気づいてしまった八か月とすこしでした。
それはたとえば、勝手に夢をみてしまったり、背負わせる罪悪、自分がつくった偶像を本気で愛してしまう罪悪、人生をコンテンツとしてくいつぶすことの罪悪、赤の他人に救いをもとめてしまうことの罪悪、すきな女の子や、すきな男の子のことを心から祝福できなくなってしまう地獄、そういうものです。
びっくりしませんでしたか?わたしはすごくすごくびっくりしてこわくて泣いちゃいました。


「夢を見てもらっている」「夢を貰って生きている」
これはわたしの推させていただいているアイドルのかたが呟いてくれたことばなのですが、なんてきれいなことばなんだろうって、はじめて見たとき呆然としてしまいました。それを「幸せ」とあらわしてくれたことにも。

アイドルは人間だから、アイドルは偶像ではないから、アイドルに夢をみることはわたしにとって呪いをかけることと同じになってしまったし、アイドルというひとりの人間の生きていくさまや青春をくいつぶす罪悪感をかかえながら、それでもアイドルを信じることをやめることができない人生なんだと思っていたから、それを許してくれること、ほんとうにすごいことと思います。
「夢を貰って生きている」のは、やっぱり、この人たちの夢を応援させていただいている、同じ夢をみているこちらなのだけど、夢をみることを許してくれてありがとう、夢をたくすことを許してくれてありがとう、って、そういう気持ちでいっぱいです。アイドルにかけられた呪いはアイドルがといてくれました。

わたしの推させていただいているかたは、それはまあきれいな人で、そのきれいな姿に惹かれるのはもちろんなんだけど、いちばんは、アイドルを大切にする気持ちや、アイドルとして生きるうえで、アイドルとしての信念をつらぬく姿勢がわたしはとても好きです。
アイドルになることをあきらめきれなかったこと、将来の夢の欄には「アイドル」とかいていたこと、そういったことを公言してくれていて、そういうことを聞くたび胸がいっぱいになります(先日おこなわれたトークショーで、子どものころ将来の夢に弁護士とかいていた時期がありました、大人がおどろいてくれるから、ってすこし笑いながら言っていた姿とか、ギュとなって泣きそうになってしまった)。
わたしの当時の感覚をおもいだすと、将来の夢の欄に正直にほんとうの夢をかくこと、アイドルとかくこと、そのどちらも、男の子だから 女の子だから、とか関係なく、すごく勇気のいることだったのではないかな、と勝手な想像をしてしまいます
。夢をかなえてくれてありがとう、アイドルになってくれてありがとう、アイドルでいつづけてくれてありがとうって、いつもいつもとなえています。
ステージにたつ神さまみたいな光景に夢みるような気持ちになりながらも、無敵ではないこの人の、神性よりも人間性に信仰をおいていて、わたしの信仰はこの人の意志のもとにあります。でも、信仰とおなじくらいに信頼の気持ちがあって、それはとてもいいことだなあ、と思います。
アイドルを好きになった人生で、アイドルという夢のかたちをなによりも大事にするアイドルを最後にみつけることができたこと、きっと身にあまりすぎるような幸福なのだと思います。


ほんの短い期間ですが、この人に出会ってからいまこの瞬間まで、この人は一秒も違わずわたしの祝福でした。わたしの星が祝福でありつづけるように、この人にとってのアイドルが、いつかの男の子の夢みた世界が、祝福でありつづけることを願います。
「やっぱりアイドルっていいもんだなあ」、わたしもほんとうにそう思う!いとしいアイドルたちのきょうや明日やあさってが、きのうまでの日々が、夢みるような毎日でありますように。


*1:超特急『synchronism』